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←出会い編


パイロン・ケロアの所属する聖天騎士団は、出現が予言されていた悪魔スピリアに対抗するために聖天教会が設立したものだ。団長は教会内の司祭が担い、元々司祭でもあり騎士でもあったパイロンが実務部隊の隊長という肩書きになっていた。

そしてこの日、団員達に緊張が走った。クラン市内にスピリアが現れたという一報が入ったのだ。今まではクランの外でしか目撃されておらず、やる事といえば事後処理の調査や警備で、騎士見習いであるラムダにもお呼びがかかる事はなかった。 「ラムダ、お前も来い」  団員達が慌ただしく出撃の準備をする中、パイロンはラムダの肩を叩く。彼は待ってましたと言わんばかりに両手の特注ナックルをガチンと鳴らし、初めて対峙した時の猛獣のような目の輝きを見せた。

クラン市内の郊外、街の外壁に接した住宅街は静かな膠着状態にあった。避難の間に合わなかった近隣の住民には施錠して屋外へ出ないよう通告しており、銃を構えた警備隊が壁に向かって並んでいた。 「なんだあれ、どうやって入ってきたんだ?」  壁のすぐ傍に人の背丈の半分ほどの大きさの丸い塊が転がっていた。よく見れば表面を覆う殻が僅かに違う動きで揺れており、防御姿勢でこちらの様子を窺っているようだ。 「まあいいや、とりあえずやってやるかァ!」 「待て! ラムダ!」  パイロンの制止も聞かずラムダは駆け付けた勢いそのままに警備隊の間を走り抜け、思い切り飛び蹴りを食らわせる。衝撃でスピリアは体勢を崩し、ひっくり返って壁にぶつかった。しかしすぐさま起き上がり、隠していた鋭い爪をラムダに向けて振るう。 「危ねっ!」  後ろに跳んで避け、更に追撃してきた爪を受け流すように殴り付けて軌道を逸らした。これでは銃を構えて囲む警備隊も撃つ事は出来ない。防御姿勢を解いたスピリアは背中と四肢に硬い殻を持った獣のような姿をしていた。何度か応酬を繰り返した後、痺れを切らしたスピリアは急に方向転換をして警備隊の方へと突進した。何発かの銃声と共に数名の隊員がなぎ倒される。見た目に反して動きはかなり俊敏だ。スピードに乗ればラムダの足でも追いつけないだろう。 「隊長!」  突進するスピリアの直線上には剣を構えたパイロンがいた。重い剣をスピリアの頭目掛けて振り下ろし、正面でぶつかり合う。どうにか踏ん張って突進に耐えたが、スピリアは頭を振り上げてパイロンを突き飛ばし、再び走り出す。 「私は大丈夫だ! 街へ行かせるな!」  駆け寄るラムダが何かを言う前にパイロンはスピリアの方を指しながら叫んだ。警備隊の銃撃を食らっていたらしく地面には点々と血痕が続き、パイロンの一撃でも殻を砕くには至らなかったが、頭に受けた衝撃で明らかに動きが鈍っていた。追いつくのは決して不可能ではない、だが止めるのはまた別の話だ。 「貸してくれ!」  ラムダは咄嗟に近くにいた仲間からもぎ取るようにして銃を持っていった。速度を落とさず走り続けながら少し姿勢を低くして銃を構え、上半身のブレを制御する。スピリアが点々と落としていく血は脚付近からの出血とわかった。殻で覆われていない部分に銃は有効、そして防御姿勢を取っていない間はその隙間が見え隠れする。スピリアの呼吸を読み、足が地面を蹴るタイミングを読み、息を止めて引き金を引く。 「ギャアッ!」  銃声と同時に初めてスピリアが明確な悲鳴を上げ、もんどりうって地面を転がる。一気に距離を詰めて殻に守られていない胴体と脚の間に銃口をねじ込み、再び引き金を引く。間髪入れずに角度を変えて装填された弾を撃ち尽くし、最後にオマケとばかりに銃床を蹴り込んで銃本体をスピリアの体に突き刺した。これで致命傷になるかはわからないが、脚の一本は完全に使い物にならないだろう。 「隊長! 止めましたよ!」  パイロンが斧を抱えて走ってくるのが視界の端に見えていた。剣よりも重い斧での打撃ならば、もはや動けないスピリアに更にダメージを与える事が可能だろうとラムダも判断し、指示を仰いだ。

しかし次の瞬間スピリアは予想外の変化を見せた。背を覆う殻が二つに割れて大きく開き、その内側の翼を広げて飛び立ったのだ。その姿はもはや獣というより甲虫の類に近い。 「コイツこうやって入ってきたのか!」  一転スピリアは方向転換して街の外へ向かって飛び始めた。銃撃隊が下から発砲するが、下側に折り畳まれた四肢の殻に阻まれて弾が弾かれる。 「ラムダ、行け!」 「足りねぇぞ!」  交わされた言葉の意味を理解したのは当の本人達だけだった。パイロンの声と同時に走り出したラムダは、スピリアの飛んでいく方向の先の民家の壁を蹴り上がり、雨樋を掴んで更に上へ、そして止まる事なく窓枠を蹴って体を反転させる。しかしスピリアはそれを読んでいたのか、嘲笑うかのように大きく羽ばたいて軌道を上に逸らした。これから落ちていくしかないラムダの手の届かぬ先へ。しかし彼の目はしっかりと勝機を捉えていた。 「テメエの負けだ!」  スピリアの目に銀色に光る何かが映る。先程までなかったはずのロングソードが片翼を斬り飛ばし、悲鳴を上げたスピリアが地面に落ちていく。

ラムダは着地すると衝撃を受け流すようにそのまま一回転してすぐに起き上がり、スピリアの落ちた方向へ向き直る。とどめは刺しきれていないはずだった。だがその落下地点には既にパイロンが待ち構えており、片翼を失った殻の隙間に斧を振り下ろしていた。スピリアは一度だけ身を捩り、すぐに沈黙した。  それを見届けたラムダはゆっくりと立ち上がってパイロンに歩み寄り、剣の柄を向けて差し出した。スピリアからすれば突然出現したかのように見えたこの剣は、あの僅かな掛け合いでラムダの意図を読んだパイロンが、壁を登り切るタイミングに合わせて投げて寄越したものだ。 「流石隊長。相棒って呼んでいいすか?」 「ラムダ」  返却された剣をマントで拭ってから鞘にしまうと、パイロンは一つため息を吐いてから言葉を続ける。 「壁は」 「はい」 「必要に応じて登れ」 「はい!」


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